森昌子のものまねレパートリーの数とその実績が凄い!!

      2017/11/15

最近、森 昌子さんと三人の息子さんの事が話題になりますね~。

森 昌子といえば、山口百恵桜田淳子より一足早く芸能界デビューし、後に「花の中3トリオ」で私達アラフィフ世代のアイドル的存在として常にお茶の間(古い?)の話題の中心にいました。

現在は「鬼のスパルタ子育て」という事などの話題が多いですが、私の世代では中学生から歌が上手く、特にモノマネ番組のタイトルはいつも総ナメにしていたという印象が強かったですね。

実際にプロフィールや各経歴、どんなものまねをされていたのかを振り返ってみたいと思います・・・

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森 昌子のプロフィール

  • 本名    森田 昌子(もりた まさこ)
  • 生年月日  1958年10月13日(58歳)
  • 出身地   栃木県宇都宮市
  • 出身校   堀越高等学校
  • 職業    演歌歌手、女優
  • 活動期間  1972~1986年、(結婚、引退)、2006年~
  • 血液型    A型

 

森 昌子も結婚までの経歴 

  • 1971年(昭和46年)  『スター誕生』初代グランドチャンピオン
  • 1972年(昭和47年)  デビュー曲「せんせい」が大ヒット(デビュー時は13歳)
  • 1973年(昭和48年)  『NHK紅白歌合戦』初出場(15歳)。『男じゃないか、闘志満々』で映画デビュー。同年、『としごろ』で主演。 『第1回オールスターものまね王座決定戦』初代チャンピオン。
  • 1975年(昭和50年)  『春の選抜高等学校野球大会』(第47回)に「おかあさん」が入場行進曲に選ばれる。
  • 1983年(昭和58年)  「越冬つばめ」で第25回『日本レコード大賞・最優秀歌唱賞』。
  • 1985年(昭和60年)  『NHK紅白歌合戦』では史上2人目となる『司会+トリ』を務める。
  • 1986年(昭和61年)  結婚のため引退。    

 

1970年~1980年代のものまね番組

とにかく13歳からその圧倒的な歌唱力と愛くるしい性格で、日本中の心をわしづかみにしていた森 昌子さんですが、その一つとしてものまねの上手さという理由もありました。当時のものまね番組ですが・・・

 

1.象印スターものまね歌合戦

最近のものまねは、専属でものまねをされている方が多いですが、当時は人気歌手や歌手以外のジャンルの方々が、他の歌手の歌をものまねし披露していました。司会は玉置 宏(たまおき ひろし)さんで数々の歌番組の司会をされた方です。

審査員には作詞家や作曲家の先生方に大物女優も加わり、最後にその審査員がひとりづつ審査します。トップの「象印賞」のほか、「努力賞」「アイディア賞」「ユーモア賞」などあり、出演者の全員に象印商品が贈られます。

私の知っている時代は、ちあきなおみ、三田明、五木ひろし、森昌子が四天王で、その中でも森さんのものまねの上手さは軍を抜いていました(*´Д`)

 

2.オールスターものまね王座決定戦

こちらは今でも毎年放送している、人気あるものまね番組ですがその第1回は1973年(昭和48年)でした。

当時の司会は萩本欽一さんとのコントで有名だった、今はなき坂上二郎さんでしたが、この第1回の初代グランドチャンピオンが森 昌子さでした。ちなみに、第1回~第5回までのうち2回もチャンピオンに輝いているのが森さんでした。

やはり、当時は歌番組に関しては圧倒的な存在感をみせていました。。。

 

まとめ

実際にものまねしていた歌手名ですが、、、

 

天地真理にチェリッシュ、あべ静江、浅田美代子、小柳ルミ子、桜田淳子、小坂明子、南 沙織、アグネス・チャンに都はるみ・・・

 

とにかく、元々持っている歌唱力があるからどんなジャンルの歌であろうが難なく歌いこなしてしまうといった風です。本当に恐れ入りました。。。

また、当時は美空ひばりにも非常に可愛がられていたというのは有名な話で、森さんに共通している何かを重ね合わせていたのでしょうね。

 

また、あの頃のものまねをいつしか披露してもらいたいと思うのは私だけではないと思います。。。

 

追記:皆さんいつもたくさん訪れていただいてありがとうございます。

参考として動画を貼り付けてみましたので、実際の歌声を聞いてみてくださいね♪

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