木田優夫GM補佐とさんまは仲良し!清宮の似顔絵を早く見たい!

      2018/01/16

2017年プロ野球ドラフト会議で、高校通算最多本塁打記録111本を持つ、早実の清宮 幸太郎選手の交渉権を日本ハムが獲得しました!

ソフトバンクや巨人など7球団もの競合の中、決めたのは木田 優夫GM補佐でした!しかも前日の日本ハムのスカウト会議で、くじ引き5連敗中の栗山 英樹監督を抑えて出場することに!!

そしてなんと、その前日にさんまさんからも、「左手で引け」と言われていたそうで、その通りに引いていたらこのような結果となった訳ですから、本当に驚きですねですね^^;

そこで今回は、そんな強運の持ち主である木田 優夫GM補佐さんまさんとの関係木田 優夫GM補佐の似顔絵の上手さについて気になったので記事を書いてみました。

最後までお付き合いくださいね・・・

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木田優夫のプロフィール

元々お笑いが大好きであった木田 優夫さんは、現役時代から明石家さんまさんとの交友があり、仲が良かったそうです。

 

基本情報

名前    木田 優夫(きだまさお)
生年月日  1968年9月12日
身長    188cm
体重    95kg
出身地   東京都国分寺市

選手情報

投球・打撃  右投げ右打ち
ポジション  投手
プロ入り   1986年度ドラフト1位(巨人)

経歴

・日本大学明誠高等学校
・読売ジャイアンツ(1987年~1997年)
・オリックス・ブルーウェーブ(1998年)
・デトロイト・タイガーズ(1999年~2000年)
・オリックス・ブルーウェーブ(2000年~2001年)
・ロサンゼルス・ドジャース(2003年~2004年)
・シアトル・マリナーズ(2004年~2005年)
・東京ヤクルトスワローズ(2006年~2009年)
・北海道日本ハムファイターズ(2010年~2012年)
・石川ミリオンスターズ(2013年~2014年)

と、とにかく凄い経歴ですよね(*´ω`*)同じ野球とは言いながら、何回転職?いや移籍されたことか^^;

 

木田 優夫GM補佐は、一言で言えば苦労人です!!現在、イチロー選手が50歳まで現役で選手を続けていきたいと言っていますが、木田優夫さんは、46歳まで現役を続けていました。

高校時代は、ほとんど無名でしたが巨人に入団してからは、188cmの身長から投げ下ろす本格派のピッチャーとして、MAX156キロで活躍されました。

移籍後も、渡米してまた帰国して、そして渡米して帰国してと、最後は独立リーグに入り、その球団のGMまで経験されました。根っからの野球人であり、野球を愛してやまない方なのですね。

 

木田優夫GM補佐と明石家さんまとの関係

このシーンは私もテレビで見ていましたが、放送の中で「さんまさん」と実名で名前を出せるということは、かなりの仲だと思いますね。

元々お笑いに興味があり、野球の試合がないオフにはよくさんまさんの番組に出ていました。そこでは、外見の誠実で真面目なイメージとは違い少しオチャメな面も多く出していました。野球という、勝つか負けるかと常に緊迫した気持ちを持ち続けなければならない仕事なので、その気持ちをお笑いで癒やしていたのかもしれませんね。

少し長いので、よろしければ視聴してみてくださいね♪さんまさんを始め、芸人さんの若かりし頃の姿が写っていますよ。

 

仲良しのエピソード

①きっかけは長嶋さん
二人の出会いは1993年までさかのぼります。この年は、長嶋 茂雄さんが巨人軍に復帰した年でした。ある時、さんまさんが長嶋さんの大ファンなので、チケットを取って欲しい」とある知人から頼まれたのが、交流のきっかけとなりました。

②「明石家サンタ」に出演
1995年頃から、クリスマスの深夜に放送されていた「明石家サンタ」に毎年ゲストとして出演していました。

③メジャーへの挑戦の際、羽織袴で会見
これは、ある時さんまさんとの雑談の会話の際にうまれたアイデアをそのまま実行したそうです。

④一日コーチをさんまさんに依頼する
これもすごい話ですが、実際に「石川ミリオンスターズVS福井ミラクルエレファンツ」戦で、ユニフォーム姿でさんまさん「一日コーチ」としてベンチに入ってもらいました。
これは、ファンを大切に思う気持ちから、石川県の方々に楽しんで貰おうという企画で行われたそうですが、当のさんまさんは「何したらいいんや」と困惑気味だったそうです。この時、一つだけ明確にお願いしたのは、最終回に木田 優夫投手が登板する時に、さんまコーチがマウンドにいき、そのさんまコーチからボールを受け取ってリリーフに上がるという事でした。

こんな無茶なお願いしてもそれを受け入れて下さるなんて、二人の間には相当深い絆があったという証拠ですよね。

 

木田優夫の絵(似顔絵)の才能

野球でも実力を発揮し、テレビなどの露出が出てきて、全国的に認知されてきた時に、もう一つの才能が大衆の目を引きました。それは似顔絵で、野球人としては非常にめづらしいため、まわりからは「画伯」と呼ばれていました。

巨人時代に日本テレビの「ズームイン!!朝!」の番組で似顔絵を書くようになってから、かなり有名になりました。私も、若い時に何度もテレビで見ていました。そこから、あちこちで引っ張りだことなり、ある時は東京ドームのオーロラビジョン用の絵を描き、そのドームで個展を開くほどにまでなりました。

その他にも『木田優夫のプロ野球選手迷鑑』という本も出版していました。これは、チームメイトやライバルなど、135名以上の似顔絵を披露しています。日米で沢山の球団を渡り歩いた人脈があればこそ描くことが出来た大作ですね!!

やはり、自らの手で交渉権を獲得した清宮選手。次には是非、木田 優夫GM補佐はその手で似顔絵を描いて頂きたいものですね。

 

まとめ

今回、このような記事をまとめてみましたが、すでに清宮選手は北海道日本ハムファイターズに入団してもらえる確信が出てきました。

もちろん、清宮選手はすでに公の場で王貞治さんの世界記録を狙いたいと公言していましたので、どこの球団であろうがまずは入団して、その目標に向かって着実に努力をして下さると思います。

それに加えて木田 優夫GM補佐は、何と言ってもメジャーでの経験がありますから、その時には適切なアドバイスをして下さると思います。

本日は、最後まで読んでいただきありがとうございました。

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